久しぶりのバックパッカーの旅から帰国し

久しぶりのバックパッカーの旅から帰国しました。

また長い話なんだけど、読んでみてください。

ディープな旅だったんだよ。

パリバスクの旅その1

今回のパリのホテルは、サントノーレ通りに繋がっている、細い路地にあった。

ホテルから歩いて30秒でコレットがあり、その正面はバレンシアガのブティックだった。

何が言いたいかというとまさかそんな場所のホテルに泊まるご身分になるとは。そう思ったのだ。

バックパッカーの時は、バスティーユのそばのユースホステルが定宿だったし、18区の大麻の匂いが漂っている地域のホテルとか、北駅のそばのホテルとかに泊まっていたのだ。

洋子さんと初めてパリに来た時のホテルも、トイレは部屋の中になかったし、レストランに入るお金がないから、市場で買ってきたパンとチーズを部屋で食べていた。フロントの隣にある、自動販売機のコーヒーを飲むのが贅沢だったのだ。

あの頃は、あの頃で楽しかったんだけどね。

パリに来ると、行くところはいつも決まっていてまずは師匠の墓参りに行く。

俺が死んでも、墓の場所は教えないよ。墓参りなんてされる柄じゃないんだ。

師匠はそう言って亡くなったのだ。だいたい偏屈な人だったからね。パリに来ると彼が愛してやまなかったォージュ広場に来て、墓参りの代わりにご挨拶をする。

それからやっぱり彼が通っていた、アンジェリーナで朝食を食べる。

これだけは欠かせないのだ。

今回は洋子さんが先に帰国して、おいらはその後バスク地方に行くからね。なんなら、一緒に行く?おいらは師匠にそう呼びかけに言ったのだ。

師匠の癌が骨に転移する少し前に、彼から地図をもらった。

サンチャゴコンポステーラって知ってるか?

彼は彼の店の奥の、いつもの場所でタバコを薫せながら、そう言った。

ルイスブニュエルの銀河を見ましたよ。聖ヤコブの巡礼路でしょ。

おいらがそう答えると俺はもう行くことはないだろうからな。しんしんが代わりに行って来てくれ。

そう言われて地図を渡されたのだ。

ルイスブニュエルは昇天峠が一番好きなんだ。見たことあるか?バカだぞ。

見ましたよ。カップルが峠の上で、バスが崖から落っこちそうになってるのにやっちゃう話でしょ。

宗教とかスピリチュアルなことを、一切信じようとしなかった師匠が、どうして巡礼路の地図なんて持っているのか疑問だったので、そう訊いてみた。

いや、今通っているお灸の先生がなロンドンにいる時に何か病気になったらしくて、その巡礼路を歩いたら治ったんだと。

家の階段上がっても息が切れるのに、800キロは歩けないからな。おまえなら行けるだろ。

本当だったらしばらく仕事をほっぽり出して巡礼の旅をしたいんだけど、今のおいらの膝だとそんなに長い距離を歩くのは無理なのだ。

それでナバーラ王国の中心だった、パンプローナに旅をすることにしたのだ。巡礼路の途中にその町はある。

出発前に書いたように、ヒプノセラピーをしてもらった時に教会に向かう広場のビジョンを見て、ナバルという言葉を聞いた。

それで今回の旅を計画したのだけど他にも面白いことがあったのだ。

琉球のママのところに行った時に、ばったりきくちゃんに会った。きくちゃんは聖母マリアの本を出版している方で、メンに出てくるプロフェッサーに似ているのよ。本人はそう言われても嬉しくないみたいだけど。

きくちゃんにバスク地方に行く話をすると、パンプローナのそばにフランシスコザビエルが生まれた城があって、そこに行ったことがあるという話をしてくれた。

あんなヨーロッパの片田舎から日本まで来たんですからね。それは凄いことだと思いますよ。500年くらい前の話ですからね。

ザビエルがバスク人なのは知っていたけど、パンプローナのそばに生家があるのは知らなかった。それも城?フランシスコザビエルは貴族だったのだ。

別の友達に巡礼路に行く話をしたら、それなら星の巡礼という本を読んでみなよと言われた。パウロコエーリョの本だ。この本は旅をしながら少しずつ読んでいたんだけど旅の後半でビックリするような役割をしてくれることになるのだ。

出発の前日に、最近お世話になっている鍼の先生の所に行った。ハワイから戻ってからなんというか身体の調子というより、頭がうまく働かないというか、ぼんやりと疲れていたからね。出発前に治療してほしかったのだ。

ハワイに行ったというから、リラックスしてるかと思ったら心臓がマズイね。何があったのかな?人に気を使いすぎた?まあそんなところだろうね。

普通の人には感じられないものが、あなたには感じられるからそうなるのかもしれないね。

見た目よりナイーブだな。あははははは。

先生はそう言って笑った。

先生は友達に紹介されたのだけどなかなかいつも凄いことを言う。

腎臓の手術をした。膝が痛くてまともに歩けなかった。そう話すとそりゃそうだよ。あなたはエネルギーが無駄に有り余っているタイプだもの。身体はちゃんと分かってるんだよ。あなたがしなければいけない役割ってものがあるでしょ。あなたが身体の調子も絶好調、膝なんか痛くも痒くもない。そんな調子ならどうなったと思う?

どうなったんですか?

死んでたろうね。無理してどこかで死んでたと思うよ。だから身体は無理させないように、少しだけストップをかけたんだ。ありがたく思いなさい。おかげでしなければいけない役割が果たせる。

そういうもの?

そういうものだよ。

おいらは実は、その話を聞いた時に本当に納得したのだ。人が納得するエネルギーは凄いからね。なんだか身体が愛おしくなった。おいらが無茶な使い方をしても、黙って働いてくれていて、死なないようにしてくれたんだ。そう思ったらなんだか生きているのが、奇跡的なことのように思えたのだ。

おいらはパリを経由してバスク地方に行く話をした。

フランシスコザビエルさんの生まれた城に行ってみようと思うんですよ。

面白いね。

先生は興味深そうな顔をして、そう言った。

心臓に緩めるためには、この筋肉を緩める必要があるんだけどなかなか頑固だったんだよ。ザビエルの名前が出た途端に、その筋肉も身体全体も緩んだよ。

もしかしたらフランシスコザビエルが前生じゃないの?

確かにおいらには不思議なことがたくさん起こる。

ザビエルの生きた軌跡を追っていくとおいらが長居した場所ばかりだ。

パリの大学に通い、リスボンから出発し、インドのゴアで布教した後に、マラッカ海峡を通って、日本に来た。

だからといっておいらは前生の話を信じている訳ではない。神さまから叱られたことも、様なビジョンを見たことも、信じている訳ではないのだ。

そして同時にすべてを信じている。

矛盾していると言われそうだけどそれでいいのだ。

起こることは、ただ起こる。

そこから意味を読み取るのは人間の方だからね。

おいらは面白い解釈を取る。そしておいらが取らなかったからといって、別の解釈が間違っている訳でもない。

その解釈がより美しく、より人の役に立てるものなら、素晴らしいと思う。

おいらにとって、信じるというのはそういうことだ。かなり個人的な話なのだ。

何かを信じるのならそれを自分に都合よく解釈することは冷静さを欠いていると、おいらは思うのよ。人は真実に辿り着くことなんてできないからね。

答えが見つからないまま、宙づりにされた状態で、少なくとも美しくあろうとする努力と、何が美しいのかを考えぬくことだけは、それだけはいつも頭の隅っこに置くようにしている。

という訳で、おいらは洋子さんと5日間パリで過ごした。

ケブランリ美術館に行き、モネが晩年を過ごした家を訪ね、いくつかのブティックで買い物をした。

ホテルから歩いて5分ほどのところに、クラウスという朝食で有名なレストランがあって、そこに行った時のことだ。

ヨーグルトや卵料理が付いたメニューを注文したんだけどサーブしてくれた女の子が、オレンジジュースをおいらのバッグの上にこぼしてしまったのだ。

バッグの口が開いていたので、中に入っていたものがオレンジジュースだらけになってしまった。

もちろん手際よくクリーニングしてくれたのだけど、搾りたてのジュースだったからバッグの中は、オレンジの皮だらけになっていた。

おいらは荷物を全て出して、バッグを裏返しにした。濡れたナプキンで、オレンジの皮を拭き取って、取れないものは外に出て、バッグを振り回した。それから舗道の端っこにバッグをしばらく干していた。

お金を支払ってお詫びにオリジナルのジャムを頂いたバッグを取りにいったら、道の名前が表示されたプレートが目に入った。

ペリカン通り

おいらは驚いた。本当にあったんだ。

ペリカン通りは、やまだないとの漫画のタイトルで、パリが舞台の連作になっている。女性作家だけど、かなりエロティックなので誰にでも薦められるタイプの本じゃないんだけど、おいらは大好きなのだ。

母ちゃんが死んだ後で、そうは言っても落ち込んでいた時のこと。おいらは、やまだないとが描いたパリが舞台の本ばかり繰り返し読み続けていたのだ。

そりゃおいらだって、落ち込むことはある。鍼の先生が言うように、見た目よりも時はナイーブだったりするからね。

地味な路地のようなペリカン通りを歩いて、おいらたちはホテルに戻った。しばらくはバッグがベタベタしたけれどまあ仕方ないのだ。

ホテルのナイトシフトの兄ちゃんが、声をかけてきたのは2日目の夜中だった。時差ボケなのか、おかしな時間に目が覚めて、ホテルの外にタバコを吸いに出たのだ。

彼は海軍に4年いて、退役後は彼が言うには世界一のスピーカーを作っているそうだった。

夜勤の仕事も辞めたいんだけどな。なかなかスピーカーの買い手が見つからないんだよ。日本のクラブとかに友達いないか?

いや、いないな。

おいらたちは二人でタバコを吸いながら、いろんな話をした。海軍にいた大半はケニアにいたこととか、パリの物価が上がりすぎて、生活が苦しいことや、まあ例によって女の子の話だ。

日本の女性はきれいだよ。は理想だな。

って?

inだよ。日本じゃ有名だろ?ちょっと待ってな。

彼はそう言うと、フランス語版のコミックを持ってきた。これは限定バージョンなんだ。

スカーレットヨハンソン主演で映画化されて、ビートたけしが出ているのは知っていたけどおいらは原作の漫画もアニメも見たことがなかった。

そりゃ、人生損してるぜ。inが語っていることは深いんだよ。

数日が過ぎて、帰国する洋子さんを空港に送った夜に、おいらはでinのアニメを見てみた。

最初の作品は見つからなかったけど、2作目のイノセンスというタイトルのフルバージョンを見ることができたのだ。

元海軍の彼が言っていたが行方不明になった後の物語だから残念なことにを見ることはできなかった。オリジナルのではない姿では登場するんだけどね。

断片的な1作目の動画を見たり、映画評論家の解説を読んでいたらの行方が分かってきた。

彼女はそもそも脳以外は全て、義体と呼ばれるサイボーグみたいな身体で生きていて、1作目の最後に、インターネットの中から生まれてきた、自我を持った人間ではない存在と融合する形で、自分の自我をインターネットの中に移動させるのだ。

だからインターネットの中の全ての場所に彼女はいる。

イノセンスのラスト近くでインターネットの世界から、は、この世界に戻ってくる。ガイノイドというロボットに自我を移して、仲間だったバトーの危機を救う。

トーはある種の恋愛感情をに持っているように見える。

トー忘れないで。あなたがネットにアクセスするとき、私はあなたのそばに必ずいる。

はそう言って、ネットの世界に戻っていくんだけど。

おいらもこの人好きだな。

真夜中のパリのホテルで、劇中では少佐と呼ばれているの動画を見ていた。

なかなか厳しいけれどいい台詞を言うのだ。

世の中に不満があるなら自分を変えろ!それが嫌なら、耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ!

うちの母ちゃんみたいなことを言うのだ。

明日は早く起きて、写真美術館に行くつもりだったから、そろそろ寝ようと思うんだけど、のセリフがなかなかよくて、しばらく見ていた。

電脳と呼ばれる、インターネットに脳を繋ぐことのできる技術が発達した世界では、人の個性は情報の並列化の影響で個性を失いつつある。そういう設定になっているらしい。

つまり、同じ情報を共有することで、みんな同じように考え、一つの色に染まっていくのだ。

がそのことに対してこう言う。

だけど私は情報の並列化の果てに、個を取り戻すための、一つの可能性を見つけたわ。好奇心。

そう。

おいらは、おいらであるために旅に出たのだ。

好奇心に突き動かされてね。